Like Sugar&bitter chocolate  邦ドラマと映画の甘くてちょっとほろ苦い感想雑記。けっこなんでも飛び出すごちゃまぜブログです。お暇つぶしになれば幸い。ヾ(≧∇≦)
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2015*06*30(Tue)
テルマエ・ロマエⅡ 感想
そこそこ面白い映画でした~!相変わらず芯がない。いや、Ⅱは芯を入れようとして失敗したという感じ。
なので結局基本フォーマットは同じまま、御大層なメッセージ性も特になく
笑っちゃったもん勝ちという娯楽作品でした。
前作と同じく、阿部寛さんの顔芸と裸体を愉しむための映画ってことでもう良いかもしれん・・・。
ぷりっぷりしたケツが彫刻のようだった。


テルマエ・ロマエⅡ
監督/武内英樹 脚本/橋本裕志 原作/ヤマザキマリ
興行収入44.2億円



阿部寛さん他、日本人なのに濃いいお顔の方をこれでもかというほど集め
彼らにローマ人役をやらせてしまうという、それでも違和感ない濃いい画面がある意味凄い映画・第二弾。

相変わらず画ヅラがクドイ~~~~www
日本人が欧米系に混ざっているのに、違和感のない違和感。ナニコレw
画面を見ているだけでお腹いっぱいだ。


浴場設計技師ルシウスは、ハドリアヌス皇帝から
コロッセオで戦うグラディエイターたちを癒すテルマエを設計してくれと頼まれる。
しかし、風呂で癒すなど、発想がまだなく、苦悩する。
そうして悩みながら自分も風呂に入れば
はいはいはい、タイムスリップ発生。

このタイムスリップ。
直前まで苦悩していた思考が反映されるというとっても便利な代物で
今回ルシウスに知恵を授けてくれる、平たい顔族の入浴シーンは、なんと相撲部屋。

日本の相撲力士たちが所狭しと入浴中。
なるほど、彼らが平たい顔族のグラディエイターというわけか。

この辺の発想のシフトの妙味が、この映画の最大で唯一の(笑)楽しみ所で
今回も、そのそう来たかと唸らされるリンクは、失笑も苦笑も冷笑もなんでもアリだ。
更に、そこでのカルチャーショックを
ルシウスが解釈を大きく間違えていく文化のギャップというのも、この映画の醍醐味の一つ。
どうやってローマで再現するのかと、もうすっかり馴染みとなった期待感に、つい胸を膨らませてしまうv


Ⅰの時に、そういうこの映画の楽しみ方のコツを覚えたので
つまり、どうせ大した内容も無いままほぼラストまで突っ走られることは範疇なので
今回はその行ったり来たりの変換構造の面白さを普通に楽しめました。

しかし、そうなってくると
コントとしては上出来なのだが、映画だと思うと大変つまらない。
映画と思ってこれに1200円払うなんて絶対嫌だ。



そもそも、冷静に振り返ってみれば
今となっては餃子もウォータースライダーもみんな日本独自の進化を遂げているが
それ、全部外来文化じゃなかったっけ?って話であって・・・。

日本人としては
前作のように、ウォッシュレットとか温泉の効能・湯治と言った独自の和文化で勝負してほしい訳ですよ。
それこそ、草津の湯でも良かったんじゃないのか。
だって折角のこんなにストレートな日本謳歌な作品なんですから。
そこに密かな誇らしさを抱くことに、愛国心とまではいかなくとも
なんか、この国の人間で良かったなってちょっと思える視聴者側の癒しが生まれるのだと思う。

指圧師とかは日本?・・・いやなんか、中国四千年とか思い浮かべちゃうし・・・。

そんな外来文化ごっちゃ混ぜにして
日本人が平たい顔族ってこんなに凄い文化なのだと、ローマ人に言わせる辺り
奢りを感じるのは、沈黙が金な日本人だからでしょうか。
(これがアメリカ人によるアメリカンな話だったら、アメリカ人は別に気にしないのかも)

もっと突っ込んだ言い方をすれば
漠然と、和文化というだけで善とし、問答無用で感動してしまう流れが違和感を感じさせてしまうのだ。
頭から衝撃=称賛ではなく、丸のみでリスペクトさせるのではなく
もっと精査し、こういう部分が素晴らしいと具体的に見せていくべきだったと思った。

更に言っちゃえば、もっと湯文化に対するウンチクを知りたかった。

まあいいや。笑えたし。




さて、実際の内容なんですが、やっぱり何もないまま、温泉掘り当てて終わるだけのお話でした。
ただ、前作の「だから何だ!」と言いたくなるような脚本ではなく
一応、言いたいことに含みを持たせている。
それが上記した、グラディエイターがキーワードとなっている訳ですが。

今回は、前作のような中身の無さを挽回すべく、『戦と平和』という大きなテーマを持ってきたように見受けられた。
ハドリアヌス帝は平和推進派とし、武力行使派として元老院をピックアップし
その対立を描いていく。


しかし、これがどうにも中途半端で!
尤も、そういうシリアスな物語ではないのだから、曖昧な感じが落とし所としたいのかもしれませんが
それにしたって、入れるならもう少し筋を通して欲しい。
下手な思想が入ってしまったばかりに、他が中途半端な分、全体的にも劣ってしまう要因になった。

島国である日本と異なり、諸外国と隣接しているローマでは、戦いこそが平和のシンボルであり
そうして領土を護ってきたのだから
戦わずして平和を願うハドリアヌス帝の思考はちょっと理解し難いし、甘すぎる。
鎖国している訳でもあるまいし。

戦が忌むべきものとして人間尊重を唱え始めるのは、もっと後の時代であり
その辺の歴史考察がごっちゃごちゃ。
ローマにはローマの良さがあるだろう。
日本だって平和主義を唱え始めたのは、大戦以後じゃないのか。

今の現代日本に合わせた価値観・主観を古代ローマに取り入れても、訴えるものは弱い。
ああそうね、平和っていいねって思うだけの根拠も結局示してこないし
それで納得するのは小学生だけだろう。(小学生でも無理かも)

器だけ持ってこられても、思想の対立にはならないと思う。
故に元老院との対立が、然程、切迫感や重要性を持たないため
何か画面に緊張感がない。


それを分かっているのか、ルシウス本人にリミッターを預けようと
真実を魔女裁判に掛けると捕獲。
突然ラブストーリーに方向転換。・・・・まあ、いいけど。

しかし、二人が奇妙な必要性をお互いに感じている(少なくとも信頼はある)仲になっていることまでは
分かるのだが、そんなにラブラブした関係じゃなかった気がするのが、これまた難点。
入り込めない。

そもそも、ルシウスの天然っぷりで湯文化が可笑しな発想を生み出してくその一角に
この真実との恋も真実の空回りしている風味が、面白さを出していたように解釈していた。
ここに来ていきなりの、一足飛びか。
本当に視聴者置いてきぼりである。


まあ、それでも、混浴という文化解釈を広げて
相いれないもの同士も融合するという、境目も身分も性差もない風呂文化を
理想郷(ユートピア)として崇めるラストは、ほんわかしたものだった。

コロッセオで、無益に人を殺し合うことは、確か当時の市民の娯楽だった気がするんですけど
(あれ?闘牛のほうだったか?)
戦いに、興奮ではなく痛みを覚える高尚な感情を持つルシウスにとって
殺し合わないグラディエイターを具現化している現代の日本文化は、正にカルチャーショック。
それを、生温いだの、軟弱、ではなく、桃源郷のように思えても無理はない。

そういう感覚は、正に現代日本の思想・文化であって
コロッセオを否定し、人命を尊ぶ思考は
何だか、平和と共に論ぜられる、武力による拡張主義の対立を、皮肉っているようにも感じられる。
その究極の姿が、一番誰もが無防備な裸になる風呂だなんて
何だかそれこそ、究極の形を見た気にさえなった。

故に、そんなわけあるかーっっってツッコミ(反発)も、脳内の片隅で異常に起こるw

起こるが――
それも含めて、スコーンとした爽快感が行きわたる。


そこに、ルシウスと真実の別れが重ねられる。
真実が持っていた古代ローマ史によれば、この三カ月後、落石事故でルシウスは命を落とすらしい。
行かないでという真実に、テルマエ技師として死ねるなら本望だと言い
それまでずっと真実のことを想っていると告げる。

それで泣いてしまったために、魔法が解け、真実は現代に戻ってしまうため
生き別れかと思わせられるエンディングだ。
それが、ちょっと爽快感にミントのような爽やかさが加味された読後感となって――
埃臭いローマの土木作業ばかり魅せられる本作にとって
要るような要らないような・・・・。

悪くはない。

勿論、その後、真実が持っていた歴史書が偽物・・・という何とも肩透かしなオチが待っていて
つまり、ルシウスの命は続いていて
んー、これ、ふざけんなと取るべきか、良かったねと取るべきかw


もっと思い入れのある作品だったら、余計な味付けすんなって激怒すると思うんですけど
適当に茶だの酒だの呑みながら観ている程度で充分な映画なので
終わりさっぱりで、まあ、良かったんじゃないの、という印象。
こういう映画も、これはこれでアリだと考える。



振り返れば、ずっとグラディエーターの殺し合いを見せられ
ケイオニウスとジェイオニオスのゲイ?の後ろめたさまで加味された兄弟争いが続き
ハドリアヌスと元老院の、主導権争い。
そんな殺人や戦いの話ばかりが氾濫し
ギスギスした物が前作に増して色濃く描かれていくのは確かだ。
平和解決の物語となれば、安価なホームドラマで愛だの恋だのを必死さを描けばそれで泣けると思っている。
そんな昨今のドラマとは一線を画し、この映画がラストに示すのはやっぱりお風呂。

何だかとても斬新な気がしてくる。

前作でもそういう癒し的な象徴として湯を奉っていたが
今回はそれが更に対極ファクターとして露骨だ。

日本文化でも外国文化でもなく、お風呂。
みんなが裸になって湯に浸かる。

それで何が解決する訳ではないことは、私達日本人が一番分かっているが
考えてみれば、日常の嫌な事や辛い事も、湯船に浸かって癒す私達の日常が
一番ユートピアだと言っている。(かもしれない)


まあ、細かいことはいいや。
風呂にでも入ってのんびりしてくる!v
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