Like Sugar&bitter chocolate  邦ドラマと映画の甘くてちょっとほろ苦い感想雑記。けっこなんでも飛び出すごちゃまぜブログです。お暇つぶしになれば幸い。ヾ(≧∇≦)
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2015*05*25(Mon)
天皇の料理番 第5話 感想
俊子の痛いほど女心が切なさに満ち、圧巻でした!
不思議なもので足並みが揃っていなかった二人がここにきて感情だけ歩幅を揃えている関係になっているのが
残酷な程に辛辣。
相互理解がないだけで、お互いを思いやる気持ちが同等に見える感じが別れを彩っていました。

この時代の夫婦像というものなのでしょうが
何処で見合いの席で初めて合った夫(篤蔵)の気持ちが愛に変わっているのかを知るのは難しい。
しかし、慕ってくれる俊子に申し訳ないと思っている内に
それが庇護的な感情にいつの間にかシフトしていて、俺が護るべき人だと言う感情が篤蔵の中に芽生え
そして今回、流産してしまった俊子の実家へ掛け付けた篤蔵の俊子を見つめる目には
一人の男として、女を求める風格と覚悟が備わっていて
なんか、グッと来た。

「また来る」
眼だけで空気を切り裂りさく、男の性。
手放さないという意思が野性的。


対する俊子。
・・・・まあ、惚れた男のために身を引くなんていう高度な女心は
篤蔵みたいな若造には分からないですよね~(失笑)

「夢の変わりはないですけど、女房の変わりはいくらでもおりますし」

「嫌です!宇佐美さんのような料理人ならまだしも、町場の食堂の亭主なんて、嫌です!!」

「うちはもう!!篤蔵さんの子なんて産みたくないっていってるんです!!」


この別れを演出するのに
篤蔵の気持ちをここまで育ててきた背景が、より同情を煽る訳で
それを説明するために、ここまで家族会館との掛け持ちエピがあった訳だったんですね。

前回・第4話の時点で
「わしの真心はそこにあるんじゃあぁ!」と怒鳴り散らして、喧嘩して
そして宇佐美さんに蹴られて、三度めで、クビになる・・・と。

身ごもった妻がいる、そこに自分の存在価値を求めるのであれば
その時点で、それ、料理に真心ないだろ。
それ、料理への真心でも忠誠でも、何でも無いですから。
背負っている背景を理由にした時点で、篤蔵の気持ちの浅さが露呈していました。

同時に、自分をそこまで導いてくれた兄やん、その恩師・・・
その全ての厚意が、その瞬間、頭を過ぎらなかった時点で
料理への尊敬もないということになる。

もし、自分の真心が料理を精進することにあるのだと主張するのであれば
あの場合、どんな罵倒を受けようと、手を出さずじっと堪えるべきだった。
ここに留まること、それこそが、全ての期待と想いに報いることだからだ。

そうしていたら、ちょっとは心に響くものがあったのに。
ドラマとしても筋が通り、感動も出来たと思う。

その辻褄の合わなさと、都合の良い理屈で、篤蔵のアクティブな場面を見せられても
なんだかな~というズレが、こちら側に残り
その延長で、兄やんが病気で「お前が羨ましい」とか言って故郷帰りするクダリを見せられても
そもそも最初から視聴者には
篤蔵自身に、羨ましいと評価するだけの疎外を感じているので
まあ、成功する人ってこんなもんだよ、と冷めちゃっていますし
そのズレた世界に羨望を抱く兄やんの姿は逆に、彼の不運すら曇らせてしまう。

ちゃんと同じ地に着く者として、不平等感を表わすことで
共感と同情が生まれる訳ですよ。たぶん!
個々のエピだけを見れば、普通に、可哀想とかしんどいね、とか思うんですが
総合的な流れとして見ると、大分可笑しい。


そういう意味で、前回は、幾ら篤蔵の想いが踏み躙られようと、何処か冷めてしまい
ちっとも話が入ってこなかったです。

・・・・でも、きっと運命は、篤蔵がそんな物分かりの良い人物像だったら
一流の料理人へはならせてはくれないんだろうな・・・(遠い目)



か~ら~の~、今回5話でした。

そうか、全ては今回のこの別れのための序章だったんですね。
だとするのなら、非常に良く練られた脚本だったなと、思いました!
篤蔵の俊子への想いが育って行く様子が、地味に、けれどしっかりと根付き
その執着を感じ取れるまでになっていたので
俊子から、突然別れを言いだされた時の篤蔵の衝撃が、台詞もないのにガツンと伝わってくる。


篤蔵には篤蔵の想いがあって
そうした想いの果ての結論なのに、今はもう時遅く、伝わらない。
今までは俊子の援護、抵抗があったから、離縁は免れてきたのに
その俊子が、愛故に、寝返り、届かない。

俊子は俊子で
恐らく、会いにきた篤蔵に、今までとは異なる自分への執着、愛を感じ取り
それが彼の未来を疎外していくことにしかならない未来に、自分に、絶望した。

本音は
篤蔵が俊子のために店を持ちたいと言ってくれたことが
どんなにか嬉しかったであろうと思われる。
初めての、篤蔵からの人生を変えるまでの俊子へのアプローチだから。

だが、宇佐美の所で見た篤蔵に、ある種の天性を見出し
こんな所で終わる男じゃないと。
食堂のオヤジ如きで終わる器じゃないと確信してる俊子は、自分のために道を曲げるなと
突き放す。


あの青白い朝の別れでは、背を向けて去っていたのに
今は、簡単には引かない篤蔵。
ならばと、今度はわざと嘘をつき突き放す俊子。


「辛かったに決まっているでしょう!」

「だったら松前屋を継いで!」

「篤蔵さんは、本当はうちのこと、大事なんか思っていないんです」

そんなことは思っていないけど、そう言うことで敢えて篤蔵の退路を断つ。

ここで、カタツムリというキーワードが出てきますが
カタツムリと言えば、度々このドラマで出てきた言葉。
篤蔵が最初に西洋料理を知った場所で出会ったものであり
二人で傘をさして歩いた夜道で話した話題で
そして、今、俊子がそれを理由に、自分を篤蔵から突き放す・・・!

うをー!
上手いっ。
なんか意味深っ。

二人の感情の矛先を自然に逆転させていることにも息を呑みますし
二人の愛を丁寧に育ててある描き方も良かったです。
でも何より、二人の想いが、思い合ったまま交差している所が凄い!!

それでいて、台詞は真逆の相手を傷つける言葉の羅列!
最後の篤蔵の、負け犬の遠吠えまで、見事でした!


俊子の言葉は、本心の部分もあるのでしょうが
俊子にとって、その辛さや寂しさは大したものではないのだろう。
別に、これまでのその恨み辛みをぶつけたという風ではなく見える。
敢えて憎まれ役をかって出るために、有り勝ちな、常軌的な部分を口にしたって感じだ。

その理由が奇抜なものじゃないだけに
そうまでして護りたいという想いが引き立ち、迸るようだった。

それをまた、抑揚とテンションを切らさず、一気に演じ切った黒木華さんが素晴らしい。
か細そうな小鳥のような声と、トーンを変えない、激昂を滲ませたような喋り方が
聴き手(視聴者)の意識を途切らすことなく、ラストまで疾走させた。
お見事でした!

更にそれを補足するような、最後の篤蔵の悪足掻き!
それによって、二人の断絶が完結し、見事なワンシーンとして雪の冷たさの中に浮き上がるっ。
情緒的なのに、でも理屈に裏打ちされた策略的なシーンでもあって
凄く熱っぽかったです。
間違いなく前半の頂点っ。

もう、こういうの、超好みです~~~~~///////
こういう積み重ねの上の設定が見たいんですよ!取って付けたテンプレじゃなく。

台詞の洗練さや、物語の繋ぎも悪くなく、このラストに向けてストレスなく盛り上げてくれました~!
あ、内容的にはストレスいっぱい。


子供失った女に対してのあの発言は、時代のせいもあるだろう。
篤蔵が若すぎるという点も考慮すると、今の時代だって、言う奴はいそう。無神経に。
お前の子だろうがぁあ!・・・とは、言うまい・・・(;一_一)
ラストの色仕掛けに負ける展開も、有りだった。
据え膳なんて、男じゃないw

とにかく中々に鋭く、そんな二人のもどかしくも瑞々しい恋の結末と
重たい人間交差を存分に堪能させて貰いました!



・・・・・・?
・・・・って、ちょっと待てー!!

あまりに壮絶な痴話喧嘩恋人たちの擦れ違い劇場を見せられて
すっかり騙されてしまいましたが
ドラマの主軸、ズレてませんか?

これは夫婦の物語なの?
違うだろう?
うっかり呑まれちゃったじゃないか!どうしてくれる・・・。

こんな夫婦劇場みせられるなら、最初から時代を生き抜けた夫婦の愛の物語である、とか
そう言えば良い。
でも、タイトルにサクセスストーリーであることを匂わせるタイトルを使っている以上
こんな主軸のブレた話を見せられても、興ざめするばかりだ。←感動したくせに
メインが大きくズレている・・・ああぁあぁぁぁ・・・・・。

これもまた、ドラマの見方を間違えたかもしれない。
総合的には、前回と今回、2話に分けて描く意味など全くない話だった。
つまり見てなくても話は通じる・・・。


俊子は篤蔵のことを考えて身を引いたのに、篤蔵の阿呆は自分のことばかり。
そんな二人にもどかしさと共に、若さゆえの青臭さや青春を垣間見る・・・って
そんなことに萌えるためにこれ見てるんじゃないんで。
そんなことが見たいわけじゃないんですよ!
そういう部分に感動とかしちゃう勘違い人間は、ラブストーリーでも見てろと言う感じです。マジで。

え、だからこれ、家族物語なの?げえぇ~・・・。


また、上記したように、篤蔵&俊子視点で物語を切り取れば
今回のお話は、一つの頂点を迎え、人の息遣いさえ聞こえてきそうではあるが
料理人になる男のドラマとして、改めて振り返ると
粗が多すぎて萎える。

篤蔵の意志については
料理人として自信が付き始めたことも
店を出すために100円貸してくれというのも、俊子への踏ん張りが見えた。

が、この次男坊がここでまた流れを変える!
振られた後、200円でパリに行く、と言いだし、また父を混迷の底へw

どれも篤蔵の中では理由があるのだが、それは視聴者だけに伝わり
それに振り回される周囲との対比が、とにかく鮮烈だ。

そこに何か意味があるのだろうか。


とにかく篤蔵が恵まれすぎていて、何のカタルシスも共感も得られない。
俊子が突き放したおかげで、後の篤蔵が在るということなんでしょうが
そういう人々の犠牲があって、初めて篤蔵という第一人者が生まれたとするには
余りに篤蔵という造詣が、拙く身勝手であり、信念も足りない。
苦労してのし上がるというだけの、物語的造詣も、驚くほど稚拙だ。
そこを描く筈の物語なのに、夫婦の話に尺を割く始末。
これではまるで
料理人になる男の人生の物語、ではなく
とある明治男の奮闘記(職業は料理人)である。

何より、悲壮感とか、時代の焦燥感とか、そういう主人公感情が、全くないのが兎角、変。
料理への並々ならぬ執念という、料理を愛する感情の表現も薄く
彼の活躍を見たい一方、こんな料理人が活躍しても、嫌だ。
唯のお気楽能天気というのと、薄っぺらい主人公というのは
全く別物だと思う。

そんな篤造の稚拙さを真ん中に据えているため
皮肉にも、(偶然か確信犯か)
周囲の思慮深さ、包容力、卓越した富が引き立ち
結果的に、「何でこんなにも愛が溢れているんだろう」って宣伝文句が、ジョークのようにも聞こえてしまう。

全くだ・・・・そんなに甘い人生岐路があるのなら
誰も苦労はしないだろうw

周囲の人間性の高さが、彼の運命を取り巻いてしまうのなら
そんな世界で、やがてトップを取る人間の求心力を描くにしても、そんなのお山の大将だ。
どうにも童話の域を出て来ない展開が、非常に疑問である。
モデルがいると聞くが、モデルさんにも失礼な話である。


とにかく、例えば、今話は
二人の別れを演出するのに、篤蔵の気持ちを育てるため家族会館との掛け持ちエピがあった・・・
というように
メインの筋である筈の成長エピに、そういう重複した仕込みや仕掛けが、まるで感じられないのが
料理人ドラマとして駄作である・・・。(泣)
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