Like Sugar&bitter chocolate  邦ドラマと映画の甘くてちょっとほろ苦い感想雑記。けっこなんでも飛び出すごちゃまぜブログです。お暇つぶしになれば幸い。ヾ(≧∇≦)
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2012*04*19(Thu)
秘密 薪さん8(6巻)
さて。まだ6巻を引っぱっていました。
岡部さんが絡むとはしゃいでしまうので浮かれた部分は前記事に詰めました・・・・
・・・・の筈なのに読み返せば再燃してしまうというこの頭の悪さ。
先に進まない・・・(-"-)
ここからはいつも通り?真面目に行きます。


6巻のメインは岡部さんと薪さんの出会いだが(え?)
大きなテーマとして取り上げているのは
真実を隠して嘘を生きているということだ。

まあ人が見ている世界はこんなにも違うっていうのは一貫したテーマだが
今回ここで取り上げられているのは
そのコンタクトの是非ではなく
誤魔化されたら真実は見えないってことだ。

それを幻覚という現象で表現している。
これによって隠ぺい(逃避)がより明確になった。
非常に面白い。

注目したのは
その手法のユニークさと
幻覚に対峙する岡部さんの姿勢の二点である。



一点目。
まずこの話で私が気になったのは
二人の人間が見る幻覚の差異だった。

ここでは
過去を隠そうとしたり悲しんだりして
必死に同化してきた内包者のそれとは異なり
自分から逃れようとしている苦しみを描いてきている。
そして本人が許容出来ない苦しみを
自分以外の人間が許容してみせることで
二つの真逆の末路が導き出された。

つまり今回取り上げられた隠し事は
隠したくて隠した訳ではないということと
本人が何とかしてそこから逃げようとか避けようとか
現実(記憶)に反発している側面が含まれているのが
今までとちょっと違う。

そしてそんな風に逃げている人間に
どう向き合うのかの課題が示されている事に
興味をそそられた。
また現実が見えないのは幻覚を見ている本人も同じであるとした所に
究明の困難があった。
「現実や真実はもう彼女にとって意味が無い」
これを薪さんがどんな気持ちで言ったのか
考えるだけで苦しい。
「こんな現実ならもういらない」
それは薪さんこそ言いたかった台詞だろう。

本人にとって意味の無くなった世界から
何が出来るというのか。
そこが全ての発着点だ。

薪さんは何を思って彼女の画を観たのだろう。
当時だと(今より)
誰も助けてくれない現世に絶望を見た可能性が高い。
きつかったろうなと思う。


ところで二人の幻覚の違いについてだが
見ての通り
同じ幻覚という現象でありながら
片方には救済をもたらし
片方には贖罪を求めている。

この違いが何処からくるのかはさして問題ではなく(特に問題視されておらず)
主眼点は幻覚者に関わる側だ。

小島郁子の幻覚(逃避)。それに接触したのが山崎正。
それに対比させられるのが
薪さんの幻覚(恐怖)。そこに接触したのが岡部さん。

アクションを掛けたのはどちらも視線や情けといった
ごく社会的な模範行動だ。
なのに結果が分かれてしまったのは
幻覚を見ている側の格差によるものだと思う。

ということは何か行動を起こす側に何ら落ち度がないとなれば
逃げている人間を救う手立てなど
この世に存在しないのかもしれないとさえ
思えてくる。


誰かの助けを期待することもなく
ただ堕ちていくしか出来ない人間の煩悶・陳情。
それを幻覚という表現方法で示した訳だが
流石に私は幻覚は未だ見た事が無いので
何とも言えない・・・・が
逃避手段の一つと捉えると
その窮迫は理解出来る。

薪さんの説明によれば幻覚は
「情報をすべてシャットアウトした自己防衛」だそうだが
そういうのは逃げきれない自分が無意識に対応した
清廉な脳の主体的行動なのかと考える。
(つまり二次的妄想が豊かな人って逆に幻覚は見ないんじゃないかと思う(笑)

逃げ込む場所が何処にもないから
脳が避難地域を作り上げた。

私の場合
最初は自分を失くすことで逃げ場を作った。
何も考えない、何も感じない、何もない自分。
脳が停止したそこはとても優しい世界だった。
馬鹿になっているので価値のない自分に傷つくこともなく
楽になれた。
しかしそこでまたある事が起きてしまって
何も考えないことも出来なくなった。
それで逃げ込んだ場所も最早安全な場所ではないと思い知らされる。

眠れば悪夢を見始めるのもこの頃からだけど
私の場合先に身体に不調が出てしまったんだよね。
過去が辛いのか身体が辛いのか悪夢が辛いのか境目さえ分からなくなって
逃げ場を失った。
その時気付いたのがここから救われるには
辛い記憶もしんどい身体も悪夢も何も感じさせない、まったく別の世界へ
自分から“主体的に”行くことだった。

自分で何かを造り出している内は
駄目なのだ。
それは何処となく10巻の逃げきれた青木の状態と重なる。



・・・・このように幻覚は本来自分を守ろうとするために起きる反応だが
つまり自分にとって正しい反応に見えるが
物語では
時としてそれだけの甘美な誘惑なだけと結論付けていない所が
また面白い。

自己防衛の筈の方策が
更に本人を追い込んでいる例も挙げ(薪さんのこと)
一概に逃避が防衛本能として正しいという肯定は
作者はしていない。
そのことはこの逃避行動(幻覚)のリスクを促している。


薪さんの場合幻覚で更に追い込まれているのが
見ていて辛かった。
それはまるで初め自分を消すことで逃げ場を作った私が
その逃げ場にさえ逃げ込めなくなったあの日の私を彷彿とさせる。
その、辛さより恐さが先に立つ心細さが
手に取る様に再誕した。

克洋くんに悪いと思っている自分と
克洋くんに嫌われてしまった苦しさと
ずっと一緒に居たかった気持ちが
ごっちゃになってしまっているんだ。
未だ逃げきれていないんだ。

逢いたいけど逢ったら責められそうで悲しい。
その願望を全て注ぎ込んだ薪さんの幻覚は
まだ理性が働いている分
見ていて本当に痛々しい。


ここでふと脳裏を過ぎるのがさっき言った
10巻の青木だ。
幻覚ではないが異常なまでの薪さんへの執着も
逃避行動という枠組みで捉えれば
同類のものである。

彼は薪さんに全体重を乗せて
見事逃げきれていた。

逃げきれている青木と小島郁子。
逃げきれない薪さん。

彼らに与えられたのは
(積極的な方策ではなかったが)
偶然がもたらしたリアルな応答だった。

つまり薪さんの場合
誰も居なくなってしまった自分のリアルな世界の方で
誰もが靄の中に流れては消えていく毎日の中で
無遠慮にもまっすぐ強いアクションを起こしてきた岡部さんの眼差しは
やはりとても新鮮に映ったに違いない。
嬉しいかどうかは別にして。
(逃げきれていない分嬉しい方が大きかったのではないかと推察される)

リアルな世界の方で向けてくれる感応は
この世界に留めてくれる最後の突破口だったかもしれない。

しかし小島郁子の方は
逃げきれていたため
その世話は返って仇となってしまった。
もう自分で全部を隠し切れてしまっていたのだ。
だから余計な刺激は返って邪魔だった。

人の純粋な思いが不幸をもたらす。
なんともやりきれない結末だ。

それは青木も同じで
逃げきれていたから
周囲からの予定外の接触は
彼の逃避世界を脅かすものだった。

誰の声も聞けず薪さんの真意も汲み取れず
ただただ盲目的に反社会的行動に突っ走ってしまった。


リアルな方からのアクションって
悲劇が起った世界からの応答だから
どうしたってリスクを孕むのだ
だって見たくもない感じたくもない、起きて欲しくない世界なんだから
誰だって無視していたいに決まってる。

それが真実だからと言って無遠慮に触れたら
どんな作用を起こすかなんて
当事者にだって分かりはしないだろう。


リアルな方で受けた傷が強ければ強い程
リアルなど本当に何の意味も価値もなくなる。
世界が自分に冷たく当たることが辛いのではなく
自分が世界を受け容れられなくなる。
それが逃避(幻覚)である。

その感覚を私は知っているから
もう要らないと自殺を試みつつ
それでも死ねないと訴えた小島郁子の言葉も重い。
そして彼女をリアルの方に引き止めていたものを思うと
尚苦しい。
簡単に死なせてもらえないのは
彼女も薪さんも同じだ。

薪さんにとっても
この時点でこの世に留まる理由は希薄であっただろう。
今日ここに残る意味が自分で分からなくなる。
その気持ちがもう凄く良く分かる。
それでも辛うじて今生に自分を繋ぎ止めていたものが
薄汚い秘密であったなら
それはどれ程苦しいことだろう。

だからここで薪さんにアプローチしたものが
岡部さんの寛容な態度であったことは
最後の最後に私もほっとさせられるものだった。


これらのことを踏まえると
結局幻覚を見る等の逃避行動を自分で行っている内は
やはり駄目なのだ。
私のことも含め
そこに救いはやはりない。
誰にも縋れなかった小島郁子や薪さんに
コンタクトを図った人間が居たことを
やはり救済と判断すべきであると思う。

何故なら
結果救われなかったとしても
誰かが自分の苦しみを知っているというだけで
それは幸せなことだと思うのだ。
本当の悲劇って
伝えたいことがもう二度と届かなくなってしまうことだと思う。

MRIを見る前
服薬で幻覚を見ていたのか?という方面に閃く岡部さんに対し
「或いはその逆か」とまで勘付く薪さん。
彼女の身に辛すぎる何かが起きていたら逃げていたかもしれないとまで想像できるなんて
なんとも冷酷な人生だ。

しかしそこまで理解できた人間が
この世に存在していたという事実は
小島郁子にとっては何と幸せな救いなのだろう。
既に後の祭りとはいえ
この世に分かってくれる人は一人だけ居たのだ。


・・・・と、キレイに纏めておきながら今更蒸し返すのもなんだけど
幻覚に怯えて流す薪さんの涙は本当に綺麗だった。・・・・・じゃなくて
独りで必死に自分に言い聞かせ耐えている姿は
本当に苦渋だった。

この頃の薪さんには救いや幸せがまるで見えない。

痛覚を刺激して“戻って”くるのも
確かな実感を得られない悪夢に取り込まれた覚えのある自分としては
痛いほど見ていられない。
すっげー分かてしまう。その恐怖まで。

だから仕事に向かう時の凛とした立ち姿が本当に
魂の強靭さを魅せられた。
そして儚い涙とのギャップが
エンディングの
「一人でいるより仕事をしていた方が落ちつくんです」という台詞に
より重みを持たせていたと思う。
とても悲しい響きを持って紡がれていた。

そんな過去を持つから
10巻で青木が仕事に参加させてくれと言いだした無茶を
あからさまに拒否できなかったのだろう。

そんな心境を鑑みると
どんな思いでエンドゲームに向き合ったのか
その決意の重量感が増々悲痛である。



次。
二点目。岡部さんの対応の方・・・は
次の記事にしよう・・・
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COMMENT


うわわわわ///なんかこの記事支離滅裂ですね。
分かりづらかったでしょうにきちんと読んでくれてありがとうございました。
ちょっとだけ書き直しました・・・・。

悩んでらっしゃる時の心の不安定さが伝わってきました。
そのような悪夢はさぞキツイだろうなーと思います。
だって出口がないから。

幻覚もそういうものかもしれませんね(T_T)
薪さんはきちんと食べているのかなとか
そういう私生活部分も心配ですよね(ノ∇・、)

薪さんの場合は仰る通り自分を苦しめるための世界なので
ホントこの6巻は見てられなかったです。・゚゚・(>д<;)・゚゚・。
岡部さんと会えてその後あの第九メンツに囲まれて
少しは癒やされた部分があったように見えますが
薪さんは頑固だからなー。
どうなんでしょうね・・・・
少しは楽になれていたと思いたいですね(o^^o)


>やさぐれた・・・

ハイ。激同意ですw大変美しかったです・・・・(ノ∇≦*)
薪さんごめんっ。
2012/06/27  | URL | もくず #- [edit]
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