Like Sugar&bitter chocolate  邦ドラマと映画の甘くてちょっとほろ苦い感想雑記。けっこなんでも飛び出すごちゃまぜブログです。お暇つぶしになれば幸い。ヾ(≧∇≦)
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2015*05*01(Fri)
アイムホーム 第3話 感想
今回は仕出かしてきた過去を悔むお話ではなく忘却そのものを悔むお話でした~。
忘却というテーマに於いて、また少し違う角度からの苦しみが伝わってきて面白かったです。
うん、面白かった・・・・んですけど!

凄く設定はしっかりした物語で、正直、元々の題材が秀逸ですし、話のテーマも好みなのに
なーんか言っちゃ悪いが脚本が下手?
スピード感と謎で乗り切っていけるけど、ちょっと雑ですよね?


今回、ラストで、久の本当の姿を見てくれていた人が、たった一人居た、ということで
前回の浦島太郎的疎外感を前面に押し出した後のお話とあって
孤独な久にとって、物凄い救いであると同時に、人への慕情や感謝・・・
だけどもう、既に時は遅く、今となっては誰もいない・・・という無常感が静かに溢れてくる
切ないシーンだったと思うのに
それを盛り上げる台詞回しやカットが、これ?
この程度?
ええぇぇぇ~?

もうちょっとドラマティックに出来たんじゃないですか?

敢えてそうするつもりが無かったというのなら
このちょっと締まりのない感じで終幕するラストを
やはりドラマ全体を一つとした時の、これは多角形の一角(一部)だという認識かと結論付けられますが
でもこれは連ドラなんだから、連載漫画と同じように
1話に於いて、やはりなんらかの抑揚(山場や起承転結)がないと!

その辺をどう説明付けるつもりなのか。

何がマズイって、多分、台詞。
それと、カットの繋ぎ方ですかねぇ・・・。
いや、大袈裟にすれば良いってもんじゃないですから、これはこれで良いか。

画面の暗さや、BGMの煽り方なんかは、そこそこだったと思います。
あのテーマソングが掛かって鍵をあけるシーンは
割とドキドキします~。

けど、なーんか、物語的な盛り上げ方がとても下手くそな気がします。
というより、脚本家さんが、訴えたい本筋を掴みきれておらず、迷走しちゃった感じ?
心理状態を卓越した良い話を書ける人生豊かな脚本家ではないってことでしょうか。
この人に、孤高という文字を誰か教えてやってくれ・・・。


視聴者を、そのある一点に向けてぐわっと持って行くだけの流れが出来ていない。

正直、そういうオチだったのか、と分かったラストの後の海辺シーンで
ようやく理解できて、泣けてきました。
そりゃグッとくるわと胸を締め付けられる想いがここで芽生え、めちゃめちゃ勿体ないと思いました。

そんな3話。



今回の舞台は元妻の実家。
別れた妻の父、和也の七回忌法要会場。
記憶を混同していて、そこへ出向いてしまった久。

既に離縁していたことで、親戚一同から忌み嫌われる。
どうも、久は父の肩書や立場を利用しようと妻に近付き
その権力を失ったと同時に利用価値はないとばかりに離婚したとのことだった。



この時点で、視聴者の視点はその噂話が真実かどうかという焦点に切り替わる。
正確には、本当なんだろうということは分かっているんですけど
実際どんな風に利用していたのか?という具体性に興味が向いてしまう。

故に、過去の久への事実の払拭だとか誤解などという流れは
あまり求めていないと思う。
もう過去はイイ人じゃなくても良い訳ですよ。
事前事後で変貌したという設定の方が重要だから。(というよりそっちの方がインパクト強烈なので)

なので、実際、過去に利用していたのかどうかという点まで暈されると
もう何もかもが曖昧で!
こっちこそ、久状態になっちゃうっての。

・・・え、それが狙いですか?
久視点で一緒に世界の不確定さを感じとって欲しい・・・とか、そういうこと?

いやいやいや、それは駄目でしょ。
ドラマとしての筋ははっきりしてないと。物語として成立しなくなる。


話が逸れた・・・。
えっと、だからつまり、過去に何をしたかを暴いていく物語で
その過去の信憑性まで暈されたら
元妻の父親との絡みや距離感、接点がいまいち意味分からなくなってしまう。

そういう疑問点を残してしまうと、折角のクライマックスで
???となって、こちらの感情がマックスにならない。


そもそも、今回の話は
義父とのエピソードや、少しずつ距離を縮めていく今の息子とのやり取り、前妻とその娘との心の揺れなど
視点は盛り沢山であるがために、格段こちらの感情も散漫になっている。
それが、各々のエピソードの脆弱性を補完し、総合的に重厚感を出しているメリットもあって
目移りしてとても楽しいですが
だからこそ、しっかりと分かり易い本筋を示して貰わないと
感情の具体性に欠けてしまう。

え、私の読解力のモンダイ?
そう言われてしまうと、返す言葉もない・・・。



そんな風に切り口が散漫になってしまっている理由は幾つかあって
それが決定的になるのが、肝心のクライマックスシーンでした。


久は、その義理の父から託されていた鍵を思い出す。
元妻の実家へ舞い戻り、書庫か物置きになっている一室に埋もれているボックスを見つけ出すと
中には、義父と何度も呑んだワインが入っていた。
それは、元妻との結婚10周年を祝う義父からのプレゼントだった。

ワインノートも入っていて、そこには義父と久が二人でこれまで共に呑んだワインと日々の詳細が
克明に記録されていた。

「お義父さんとこんなに呑んだんだ・・・」
「父は言ってた。久くんのことを悪く言うヤツもいっぱいいるが、俺は買ってた」

そのノートに溢れる、二人のワインを酌み交わした沢山の日々。
それを見て、久は静かに涙する――



正直、久のクライマックスってここ↑だったと思うんですけど
このあと!私はこっち。↓

「こんなどうしようもない僕のことを、ずっと、見てくれていた人がいた」

そうして、そのワインを一人、海辺で開封する。
今は、共に呑む人は誰もいない。

「苦いです・・・・お父さん」


ここでグッと来ました~~~。
記憶のない久の、取り残され感がハンパない!
彼の責任ではあるけど、今の彼にその記憶はなく責任の所在も分からない訳で。
記憶を失う前は、こんな未来も覚悟の内だったかもしれない。
でも今の自分は、ただ寂しさと不安を抱え、そんな覚悟など、途方もない。
なのに、誰を責めることも出来ず。
覚悟とは記憶の上に存在するものなのか。

そういう遣り切れなさが堪らない~~~~。

10周年記念のワイン。
口惜しさ、取り返せない時間。

こんな所に孤独の中の理解者がいた。
でも俺は、それを意味も分からず手放したんだ。
有り難みさえ分からず、取り落とす、そういう人間だった。なんてことをしていまったんだ。
謝りたくても、もう彼はいない・・・。

そういう哀しみがぐわ~っと夜に一人きりという画面から溢れて来て
哀愁漂ってました。
正直、今の奥さんと幸せになって、とか、久の涙とか
その直前のそういう部分の感動は薄く、なんだかな~と流していたのに、ここ!
やられた~。
そう来るか。


でもですね!可笑しくないですか?
感動しちゃったから、もう別にどうでも良いとも言いますが、冷静になってくると、色々矛盾してくる。

そもそも、これでは唯の故人を偲ぶというテイストである。
忘れてしまったことが哀しいのか
別れてしまった結末が申し訳ないのか
応えてやれなかった不甲斐なさを悔むのか。

でも結婚が破断になるのは、久の責任じゃないし、夫婦二人の責任だし
となると、どうにも明かされた真実として、義父との逢瀬は弱い。
記憶の消滅というテーマとしても、特異性がなくなり、その辺の煮詰め具合が曖昧である。

曖昧にすることで、複合的に様々な感情が入り乱れ、感動を煽るということも多々ありますが
この場合は、過去の久か現在の久かを明確にしていないために
どっちに感情移入して良いのか分からず、分散してしまう。


久がこのお義父さんにだけは、真摯に本気で向き合っていたと先に明示してあるのなら
他の人の理解がなかっただけで、誤解されていた、でも、父だけは分かっていたんだ、
という喜びを表現しているのだと理解できる。

だが、記憶がないために
誰も当時の久の想いを知らないから、その誤解は不完全だ。

だとしたら、ここで暴かれた真実に彼は何を悔んだのか?ってことになってくる。

強いて言うなら、その記憶全部を忘れてしまったことへの申し訳なさという無念か。
でもそれは、どちらかというと、心残りに近く、記憶の喪失による涙とはちょっと一線を画す。

ってことになると、つまり、
ここって、普通に死んでしまった人への後悔や追悼じゃね?

だったら別に七回忌ではなく、ただの葬式にして
そこに無理矢理連れて行かれる

全然意味がわからない

無自覚暴言を吐く。(例えば今の妻を連れていってしまうとか、義父への確執を肯定するとか)

鍵を開け真実を知る

実はたった一人の理解者だった

なのに俺は悔むことも哀しむことも出来ない

・・・・で良かったんじゃね?

そうすれば、少なくとも
俺は唯一の恩人になんということを・・・!ちっとも分かってなかった・・・・!
っていう悲劇がもっと浮き彫りに出来る。
死んでしまってもう逢えないっていう無念さも分かり易い。

少なくとも、今の時点での“こんなどうしようもない”という台詞への効果が指示出来る。
最低でも、今話に限る、久の後悔の意味が増す。

わざわざ7回忌にしちゃったことで
涙の意味まで返って希薄になってしまった。

挙句、久の義父に対するスタンスも、記憶がないことで露骨な顕示にされないので
久がどう悔んだかが曖昧だし、涙の意味にも幾通りの解釈余地を残すという
根本的命題が弱すぎる。

つまり、記憶がないという設定を上手く使いこなせておらず形骸化されちゃっている気がする。

返って記憶を失くしたことで、感動が逆なんですよ。
ここは、記憶があった方が、しっくりくる内容でしょう。


記憶がないということで、視聴者的には今の久に、それほど人間的悪意を感じないから
そうなるとたった一人の理解者っていうのは
どちらかというと、後悔や懺悔というより、救いに近く、あまり自虐的さを意識させない。

今回って、夫婦の擦れ違いの末の禍根を描きたかった部分もあるのでしょうが
それでいてクライマックスに持ってくる図式がこれなら
尚のこと、記憶があった方が感情的だし
ようやく巡り合えたたった一人という希少価値が丁寧に描ける、と思う。


涙って正直、切り札であって、ここが頂点っていう暗示でもあると思う。
しかし、盛り上げる筈の涙では、何の涙かとっさに判断出来ず
涙の後の、「ずっと見てくれていた人はいたんだ」っていう一言で
ようやく、そっちか~って彼の救いにしたい真実の意図が分かりました。


敢えてそうしたっていうなら、その目的って何だったのか。
やっぱりそれ、ラストに分かりますよパターン?

その辺の曖昧さが、ワザと曖昧演出にして煙に巻こうとしているのかもしれない。
でもその分、感動は薄いってこと分かってるのか。
今回は暴かれた真実が、単なる故人を偲ぶ話に終始し
それに成り下がっている。
それだけが、後々になって見れば、惜しかったです。


謎の引っ張り方は相変わらずカンペキ。巧い。
もうそれだけでゴハン3杯行ける勢いだ。
これ、こういうエピソードがやがて一つの形を描きだす・・・と思っているから観てられるけど
そうでなかったら、本当にちゃぶ台ひっくり返すかもしれん。

役者さんも、繊細に意味深だと思う。
事故前後の久は別人のようなキャラ性である以上
演技力控え目にしている木村さんの、人間味の薄さが凄くリアリティを感じ
これで良いんだと思う。
無機質で様子が平常時との差異、思考の中断する不気味さを表現していると思う。

妻は、ほらやっぱり「これ幸いに」なんだよ~・・・(笑)
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