Like Sugar&bitter chocolate  邦ドラマと映画の甘くてちょっとほろ苦い感想雑記。けっこなんでも飛び出すごちゃまぜブログです。お暇つぶしになれば幸い。ヾ(≧∇≦)
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2017*02*03(Fri)
カルテット 第3話 感想
「泣きながらご飯を食べたことがある人は・・・生きていけます」
すっごい胸に突き刺さった・・・!うん、そうだよな頑張ろうな・・・。
この言葉の重さは経験した人には言葉もない。

だから何って話なのになんか見てしまうドラマである。
4人の仲良しごっこな友情がだんだん崩れていく大人の難しさの物語かと思いきや
だんだん陰性な部分で結束していく物語だった。
綺麗ごとじゃない辺り、だらしない辺りが浸みてくる。

これでまだ3話。
出来れば深夜に酒でも飲みながら見たいドラマである。



第3話。
すずめちゃん回でした。
内容的には本当に、だから何って話で終わる。
ごく日常の一コマを切り取って、そんな一日でした~・・・なノリ。
もっと派手な事柄やパッションな台詞の応酬などがないと情緒的な雰囲気にぼんやり終わりそうな演出である。
ドラマにありがちな決め要素がまるでない。

でも台詞のチョイスが地味だけど絶妙で、切り取るセンスも絶妙で
何より今回はすずめちゃん役の満島ひかりさんが激光っていた回だった。
もうなんとも言えない味!

回想シーンはしつこすぎるし、もたれるんだが、彼女の演技力で全てがカバー。
満島ひかりさんの演技がずば抜けてたと知らしめた回とも言える。

冒頭の、すずめちゃんが「ごめんなさい」を二回言う所とか。
一度目のごめんなさいはお誘いへの謝罪。
だけど二度目のごめんなさいは、きっと盗聴している後ろめたさの懺悔。

それをごめんなさいという同じ言葉で、その音程の妙で伝えてくる演技力。

母親の骨壺に手を振るシーン。そしてもう一度、笑顔で手を振った。
まるですずめちゃんの目にはロッカーの中に母親はちゃんといて、笑っているんだなと思わせる。

チェロとの出会いについて過去形で語る車中。
舞台は変わらないのに、そこに悠久の時間が見えて
「チェロは絶対居なくならない」とか「私より長生きしているんだ」とか。
楽器に携わる人って歴史をみんな感じているんだろうなと思う。

その上でのラストの激情チックな演奏シーン。


狡いのは、彼女がそこで何を考えていたか?という肝心の命題をドラマは結局
決して見せて来ないということだ。
視聴者の解釈に委ねていて、幾通りもの解釈は出来るけど
それって逆に言えば正解を出してしまうことから逃げているスタッフの狡さとも言える。

きっと、最終回で全てが分かってしまったら、大したことない含みだったりもするんだろう。
何もかもが曖昧に溶けていくから面白いのだと思えているだけの
それこそ大人の社会みたいな狡猾さがあると思った。


すずめちゃんの父親が亡くなる回。
死ぬ前にもう一度だけ会いたいという親の死に目をドラマは斜めに切り上げる。
死に目にも会えなくて、しかも病院にも出向かない結末は
社会常識から外れた彼らの存在を否定しながら肯定していく、無情の優しさがあって
敢えて逢わせないことに、閉鎖的な夢を見た。

父親への恨みも憎しみも残したまま、健全な結末を用意してない訳ですよね。
楽だからというだけで、逃げることを選んで、その非社会的な決断が
閉鎖的だからこそ人情的な本当は夢見ちゃいけない束の間の夢を持っていて
あ~あるよね~良いとは思っていないのに今こうしたい、とか、こうされたかった、とか。

親に逢いたくなかった、そんな家族もあるのだという世知辛さと
そこで立ち向かわせず逃げさせる大人たち。
居場所と称する仲間が受け容れてくれる場所は、確かに息は出来るんだけど
逃げた場所のその、健全とは対照的な正に避暑地で、なんかもうこういうところが堪らなく刺さる。


「カツ丼食べたら、軽井沢に帰ろう」

冬の軽井沢に響くチェロの音色。
何故舞台が軽井沢だったのかが、ここで理解出来た気がした。
雪に埋もれる軽井沢。
なんかもう言葉なんかじゃない多弁さがある。


逃げて逃げて、大事なことは誰も口にしないまま既に3話。
はっきりいって、付き合うのが本当にしんどいくらいタルイ。
でも、哲学的な思考、まったりとした演出、含みばかりの台詞。
文学的な雰囲気も徹底していて
毎回、台詞やシーンではなく、流れる雰囲気の中で、「あぁ、いいな~」と思う部分がある。


大人なんだからもっとしゃきっとやろうよ、もっとハキハキ進めて。
多分つまらないと思う人はそんなもどかしさを感じているのだろうと思うし
私もそう思う部分はある。

でも、堪えて1話付き合う度に、懐柔されるだけの何かがあって
別に大切なこととか生産性あることを言っているわけでもないんだけど
なんかすごい、呑まれる。
男女の恋模様も多少入っているけど、そんなの些細なことだ。

ドラマで王道に描かれがちな筋を逆行していくこの感じ。
誰もがイタイ人だし、誰も好きになれないし。
その上でぽつりと零された「泣きながらご飯を食べたことがある人は生きていけます」

~~っっ・・・!!!

歪んだ大人がどろどろしたものを抱えながら深みに落ちていく恐さとか
だけどピュアな何かとか
それを軽井沢の雪景色が補完していて、もうなんか重たすぎる・・・!
観ているこっちが病的に狂いそう・・・!


つまらないと思う人は多そうだけど、そんな人はまだ生命に息吹を持っている人。
活動的でエネルギッシュで、毎日が充実しているんだろう。
退屈と思う人はまだ人生が浅いんだろうな。知らない方が幸せなこともある。

何か抱えたらきっと拡大解釈したこの世界観に何かを見てしまって
すっごい重たいドラマに変色するのだと思う。
だらだらした間の取り方や尺も、実は苛々させるものではなく中身が詰まっていると
後になって気付くんだろうな。
きっと、昔の私では理解できなかった世界。

何かに折れてしまったら、4人が造り出したいものが伝わるし、EDの寸暇の狂喜乱舞に息詰まる。
すごいクオリティだと思う。
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