Like Sugar&bitter chocolate  邦ドラマと映画の甘くてちょっとほろ苦い感想雑記。けっこなんでも飛び出すごちゃまぜブログです。お暇つぶしになれば幸い。ヾ(≧∇≦)
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2016*05*29(Sun)
火の粉 最終話 感想
いや待て。スープひっぱりすぎだろ!大爆笑。笑わせてどうする。

総合評価としては大満足。スリルとは違うが、日常の中の人間性というものを色々考えさせられる作品でした。
冤罪から始まるドラマではありましたがその点よりも
特に、人への厚意って、利他的なものなのか利己的なものなのかについて、明確な線引のない曖昧さを
実に緻密に、悲観的側面から不気味に描いていたと思う。

棒読み演技のユースケさんがハマっているとは何度も絶賛してましたが
彼はある意味棒読みでもないとも思えた。
静かに生い立ちを語るシーンなど、彼にしか出せない一定のトーンと声の低さは
微妙な感情の階層を滲ませていた。
自分でも掴みきれていないのだろう解釈を、視聴者に含ませていたと思えた。

こういうのって、妙に饒舌に演じられても興ざめだし、抑揚がなさすぎでも、入らない。
そんなの、彼ならではだなと思った。

でもスープ引っ張りすぎでしょ。


最終回って、それまで引かれた伏線回収やオチをどう持ってくるかが非常に気になるところで
このドラマに於いても、前半、散々ミステリアスに描いてきた数々のファクターを
どう回収するのか、めっちゃ期待してたのに
いや、待て、スープはどうでもいいだろう、スタッフさん。

彼が殺すか、梶間家が殺すか。
いざ、激突!ってシーンなのだろうが、それにしたってそれで何分使ったよ。おいおいおい。

勿論、そのギリギリの感情の触れ合いに於いて
どちらも毒を使わず、相手を受け容れたという意味で
武内さんは初めて、人との付き合いに於いて報われたとも、捉えられる。
ギリギリの向き合い方をしても、壊れないものがあった。
それは、武内さんの人生に於いて、初めての救いだったようにも思う。

狙いは理解できたが、でも、だったら、前回の
自分たちも皆殺しにされるかもしれないといった恐怖、怒りはどこいった?
前回の流れは何だったのか。


映像的にも無駄なシーンが多々あり、例えば他にも、二人だけの裁判シーンとか。
あの。
仮にも一応法の世界で生きてきた男なら、個人的感情に因って制裁を加えることは
禁じられているのが、常識ですよね?

それを凌駕する感情というものが、池本さんの本当の死だとしたら
勲がまず考えるのは
「池本さんにどう償えば・・・・」じゃなくて、自分が見たスーツケースの中身は何だったのか?じゃないのか。
ならば、武内は池本さんをあの時は殺していなかった、ではないのか。
だとしたら、武内の罪はどこからどこまでで、彼の真実って何なのか。


ここで面白いのが、ここで、なんちゃって裁判官ごっこをし、勲は判決を死刑と下す。
でも、実際に池本を殺したのは琴音なのだから、この「裁判」は冤罪ということになる。

冤罪から始まったドラマが冤罪で終わる。
それもまた、面白いなとか思ってしまった。

冤罪で疎まれ、誰にも満たされず、そして本当の冤罪で死を遂げる。
そんな武内の貧しい人生を振り返る時
少しだけこのドラマの悲哀が裏側に見えた。


あの途中で出てきていきなり殺された弁護士さん。
彼は失踪ではなく本当に死んだのか、その辺を曖昧にしたままで流す展開は
事実がどうであれ、人を信じる根拠は何か?を最後まで問い掛けていたようで
私は割と気に入っている。

でも言わせてくれ。

スープ。この時間もっと他の事に使えただろ。あんなに思わせぶりにしなくても良かっただろうに。
しかも、辛すぎでオエッって、どこのコントだよ!
CM挟んでやる辺りも、狙ってたわけでしょ、ちょっと興ざめ。

ジュースのシーンもそう。
信じるといってあからさまにバウムクーヘンを食べた雪見が
娘に出したジュースだけは武内の目の前で毒見。おいおいおい。
最後まで矛盾した失礼な女だ。

母親らしい行動なのかもしれないが、だったら信頼している演技は何なのか。


雪見の琴音に対する態度も、失礼極まりなくって、琴音が可哀想に思えた。
「怖いよ・・」
でも一番琴音を傷つけたの、アンタじゃんと、思った。

そんな琴音を見て、恋が人を貪欲にさせ
「ただ振り向いて欲しかっただけなのに」という言葉を引き出させ
その言葉を持って、雪見が武内の気持ちに寄り添う流れは、しっくりきて、良かったかな。

その琴音。
彼女の存在は、武内の裏側とも言えて、これで武内が自分の行為を客観視できる切欠になるかもと思ったのに
その辺はそんな改心ありませんでしたね。
・・・・あったのかな?

「いい子にしてれば・・・」って別れ方は
なんだか武内みたいな大人が出来る芽がまた一つ始まったという、恐ろしいシーンに見えた。


武内が人の心が分からない、という流れにするならば
的場一家を含め、他人の微妙な感情変化を聡く悟れるとは思えないし
ちょっとこの辺に詰めは甘い。

琴音が息子を放ったらかしにして恋に走った意味も
雪見だけを母親っぽく描いた比較も、なんだか中途半端で、消化不良。



そして、ラスト。
結局、梶間家と最後の晩餐をした武内さん。
琴音が余計なことをしたために、なんちゅーデスマッチ。
お互いに相手が毒を持っていると知っていて、入れたか入れないかを信じるか信じないかで乗り切らせる。

たが武内は入れなかったし、梶間家も入れなかった。

家族の馴れ初めなどを聞き、そのどれが欠けても家族は成り立たず
だからこそ、自分は家族にはなれなかったと悟る武内。

・・・・でもそうかな。
出会ったことがもう奇跡なら、武内さんとの出会いだって、奇跡だったんじゃないのか。
なのに、勲に最後は冤罪を疑われ
それを、勲にトドメを刺されるのなら本望だと泣き叫ぶ。

なんだか、彼の厚意はやはり純粋な厚意だったのだと、なんとなく思う。
それが、迷惑かどうかを決めるのは、武内じゃない。


・・・・んですけど、この流れだと、何故、的場一家は死ななければならず
梶間家は生き残れたのか?そこが割と曖昧だ。
それほど特別な家族ではなかった。
脚本家がなぜ、そこまでして梶間家を守りたかったのかが伝わり難い。

戦った、そして、獣のような野生的な感情で、向き合った。
それが人と人を繋げる魔法だというのか。
それとも、毒があっても使わなかったことが答えなのか。

「上出来」

そう言って、武内は失敗作のバウムクーヘンを口にする。

最後に並んで見つめる家族が、死んでくれて嬉しかったのか、情が湧いた相手への悲しみなのか。
呆然と立ち竦む家族の目には、死んだ武内の姿は、安堵なのか絶望なのか分からない。
或いは、彼ら自身も余りの事態に付いていけなかったのか。

ただこれで、梶間一家もまた、誰かを死に追いやった一家という過去を背負うことになる。
折角、武内を人として迎えたつもりなのに、この結末。
逃れようと思ってた時は逃げられなくて、腹を割ったらこの結末。
サディスティックな余韻は、悪くなかった。

また、自殺した武内さん。
「もう疲れちゃった」
最初にそう言ってましたが、彼にとってあの晩餐は毒を盛らない家族劇。
それが死に繋がるという意味は何だったんだろう。
満たされたから終わりにしたのか?
或いは、彼にとって支配していた時間が自己実現で、それがないならこの世に意味がないのか。

少なくとも、これまでのことを後悔して懺悔するという類の死ではなかった筈。

周りを信じさせる為に自らの体まで瀕死の状態に追い込む凶悪性。
家族に入り込もうとするいくつもの緻密な罠。
こういう異常性を持つ人間は逆に必ず明確な自己基準や自己ルールがあるので
その辺は何となく知ってみたかったです。


そんな訳で、充分楽しませてもらいましたー!わー!
肝心なとこを表面的な描き方しかしていなくて、スルーされているのは気にならなくはないし
もっと武内の心情や執着の怖さ表現してもらいたかったとは思う。
けれども、ガツンと魅させる、手応えのあるドラマでした!
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